鎌田 實さん(75歳) 医師・作家
東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院へ赴任。「地域包括ケア」の先駆けをつくり、長野県を長寿で医療費の安い地域へと導いた。現在、諏訪中央病院名誉院長、(一社)地域包括ケア研究所所長。2023年から北九州市アドバイザーに就任。ベストセラー「がんばらない」他、著書多数。
ようこそ北九州へ
市長 北九州市は、誰もが元気でいきいきと生活できる「健康長寿都市」を目指しています。その取り組みに関連して、アドバイザーの鎌田先生には何度も足を運んでいただいています。北九州の印象はいかがですか。
鎌田さん(以下、敬称略) 北九州は人情豊かなまちと聞いていましたが、講演会などで市民の皆さんと接するたびに、本当にそうだと実感します。何より、皆さんよく笑いますね。講演会でもドッと沸く場面が多く、盛り上げていただいています。
市長 映画のロケなどで来られた方も、北九州の人はシニアも含めて活気があり、好奇心旺盛だとおっしゃいます。
鎌田 北九州市では元気な高齢者の約42%がスマートフォンを使用しているというデータもありますね。世の中の変化に敏感なシニアが多いことが分かります。よく笑い、新しいものを受け入れやすい。これは健康づくりを進める上で大きなプラスです。歴史ある産業都市で、医療機関も充実し、人情豊かで新しいモノ好きの気質もある。こうした「北九州ならではの宝物」を上手に活用すれば、健康長寿都市の取り組みも大きく進展するでしょう。
今年の健康目標
まず、行動を起こそう!
市長 新年にあたって、一年の計を立てる人も多いと思います。健康長寿に向けて、どんな目標を設定すればいいでしょうか。
鎌田 まずは生活習慣を少しだけ変えてみてはどうでしょう。例えば野菜を積極的に食べたり、日々の生活に無理のない運動を取り入れるなど。小さなことであっても、行動を起こすことが大事です。
市長 「少しだけ」というのがいいですね。無理な目標はなかなか続けられません。
鎌田 ぜひ高齢者の皆さんから始めてほしいと思います。というのは、家庭の中で誰かが行動を起こせば、家族に良い影響を及ぼし、家族みんなの行動変容につながるからです。おじいちゃん、おばあちゃんが何か良いことを始めたようだ、それなら…と、お父さん、お母さんの行動にも何かしらの変化が生まれる。すると自然に、孫世代の行動も変わります。学校から帰ってゲームばかりしていた子でも、机に向かう時間が毎日少しずつ増えて、成績がアップするかもしれませんよ。
極意1
体のために『〇活』しよう!
市長 北九州市は政令市の中で一番高齢化が進んでいます。人生100年時代を元気に過ごしていただくためにも、健康な生活習慣をぜひ定着させたいと思います。高齢者の方でも無理なく取り組める活動について、教えていただけますか。
鎌田 ポイントを絞って取り組める3つの「活」を紹介します。就活や婚活の「活」ですね。まず「腸活」。腸は免疫の中枢で、細胞のがん化を防ぐナチュラルキラー細胞や、幸せホルモンといわれるセロトニンを分泌します。腸内環境を良くすると免疫力がアップして病気にかかりにくくなり、気持ちが前向きになります。
市長 腸内環境を整えるには、何をすればいいでしょう。
鎌田 朝の日差しを浴びて、しっかり朝食を取り、夜は軽い運動や入浴で体を温めましょう。食事では、野菜や海藻などの食物繊維や、魚・卵などのたんぱく質の摂取を心がけたいですね。たんぱく質は朝、昼、夜に分けて取るのがベター。朝食はしっかり食べましょう。
市長 あと2つの「活」についてもお願いします。
鎌田 「脈活」と「脳活」です。脈活は、血管の活性化です。血管の総延長は10万キロ、なんと地球2周半の長さです。血管の老化はむくみや高血圧を引き起こします。シミやシワは、皮膚の下の毛細血管が弱くなって血が通わなくなった結果です。でも大丈夫、野菜の摂取と軽い運動で血管は若返ります。血管年齢を若く保つことは、体全体の健康につながります。次の「脳活」は、脳を元気にする活動。ポイントは「歯」と「歩き方」です。脳に必要な栄養を届けるには、高齢になっても歯を健康な状態に保って、しっかりよくかんで食べることが大事です。できれば子供時代に、丁寧に歯を磨く習慣を身に付けたいですね。
市長 歩き方も、脳の活性化には重要なんですね。
鎌田 とても重要です。私は3分でできる「手ぬき速遅あるき」を提唱しています。幅広歩きで1分、早歩きを30秒、次に腹式呼吸しながらゆっくり30秒歩いて、最後にまた幅広歩きを1分。これで十分ですが、時間があるときは5セットやります。私はこの歩き方で血圧、血糖値、体重が適正値に戻り、長年悩まされた腰痛も治りました。
市長 素晴らしい成果ですね。市では、まちづくり協議会が主体となって「地域でGO!GO!健康づくり」と銘打った、地域の特色に合わせた健康づくりを小学校区単位で実施しています。今後は、先生に伺った内容も大いに反映・活用させていただきたいと思います。
極意2
『貯金』より『貯筋』
市長 健康長寿の実現には、食事と並んで運動がカギになるようですね。
鎌田 その通りです。そもそも何のために健康を保つのかというと、いくつになっても幸せに生きるためだと思うんですね。北九州市は医療や福祉が充実しているので、万が一倒れても安心して任せられます。でも足腰が弱って歩けなくなったら、行きたいところにも行けず、好きな食べ物も制限されかねない。たとえお金をたくさん持っていても、それでは幸せとは言い難いでしょう。私がお伝えしたいのは、そうならないための極意であり、運動を重視するのは、いつまでも自由に動ける筋力を保つためです。これを私は「貯金より貯筋」と表現しています。
市長 なるほど「貯金より貯筋」。分かりやすいですね。
鎌田 かといって無理は禁物ですし、市長もおっしゃったように、続かない。先ほどの「手ぬき速遅あるき」や、「かかと落とし」、足を肩幅より広く開いて行う「ワイドスクワット」など、テレビを見ながらでもできる簡単な運動で十分です(ページ下参照)。筋肉の「もと」となるたんぱく質も積極的に取ってほしいですが、脂っこい食べ物も、好きなら我慢しないで遠慮なく食べましょう。ただし抗酸化作用のある野菜の摂取を忘れずに、と常々お話ししています。
極意3
「いきいきと生きる」ために
市長 元気でいきいきと生活するためには、どんな心がけが必要になりますか。
鎌田 至ってシンプルです。継続は力なりと言いますが、健康づくりにおいても、継続することが何より大切です。考えてみてください、1日3分の歩行でも、毎日続けたら1年で18時間以上。継続がいかに大切か、お分かりいただけるでしょう。食事の心がけもそう、腸活、脈活、脳活も同様です。
市長 健康は最大の資産と言いますが、本当にそうですね。
鎌田 第一に健康、次に良好な人間関係、それから自己決定。この3つを私は、「幸せの3条件」と呼んでいます。人間関係で言うと、仕事や地域活動、ボランティアなどで人に親切にすると、より健康度が上がります。誰かのために尽力する時、体内で分泌されるオキシトシンという物質。これも幸せホルモンの一種で、明確な老化抑止効果のデータも出ています。
市長 人の世話を焼く人ほど、いきいきしているように見えますが、ちゃんと理由があるんですね。最後の自己決定とは、どういうことでしょう。
鎌田 何事も、人に言われて仕方なくやる場合より、自分の意志で取り組む方が前向きになれますよね。今日の話題に沿ってお話しすると、腸活や脈活で脳が元気になって睡眠の質が上がり、貯筋の効果で血管が若返り、幸せホルモンの作用で何事にも前向きな判断を下せるようになる。こうしたポジティブな自己決定を日々重ねることが、健康で幸せな長寿につながります。
市長 市政においても、どのように在宅ケアの充実を図るかなど課題は多いですが、今後は今日のお話も念頭に置きながら、全国のモデルとなるような健康長寿都市を目指していきたいと、思いを新たにしています。鎌田先生、今日は本当にありがとうございました。
「脳活」5つの目標
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(1)
幅広歩行!
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(2)
野菜をしっかり食べる!(野菜ジュースも活用)
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(3)
たんぱく質を小まめに取る!(魚・卵など)
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(4)
歯磨きで歯を丈夫に!
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(5)
血圧を上げない!(減塩など)
ワイドスクワット
上半身を膝の位置までゆっくり下ろして、上げる
手ぬき速遅あるき
かかと落とし